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ダカールの任期が無事に終わり、ただ今パリにてトランジット中♪
結構居心地が良かったので、帰国は辛くなるかと思いきや、案外そうでもなくて どちらかというと、心底嬉しかったので、我ながら驚いています。 セネガルでの仕事は、本当に体力勝負!出張続きの2年間でした。 次の任地ではそのようなことはないようですけど、まぁ、必要な時に必要な試練が与えられるのだとつくづく思う今日この頃。 彼と離れるのも、もっと寂しくなるかと思いきや、互いに自分のことに集中できるので、却って私の出発を互いに待ちわびていた感あり。。。 今頃からこんな私たちで良いのでしょうか。 それにしても離任直前は本当に忙しくて、二人とも睡眠不足だったのですから。 ま、仕方ない。そのうち寂しくなるでしょう。 5月12日に予定していた入籍と結婚式は、私の書類不備でできなくなったけど、これができていたら、想像を絶する忙しさに私の身体はどうなっていたのでしょうか。。。。 実に、実に「神様のなさることは、すべて時にかなって美しい」。まさに聖書の言う通り! さて、日本に着いた暁には、改めてセネガルを振り返って思ふことをつづら書きたいと思います。 とりあえず、今はただ疲れたのと嬉しいのとで、まだまだ実感がありませぬ。 あー、子どもたちはかわいかったなー。 ![]()
セネガルに来て約2年、初めてお手伝いさんのいる生活が始まりました。
頼む仕事は人それぞれですが、私の場合は、週3日の掃除、洗濯、アイロンくらいですか。 そんで、月に8千円。 滞在のほとんどを出張で留守にし、出張がなければ、休暇に出かけたりするもんだから、そんなに家にもいないので、汚れることもなく、彼女の仕事があまりにもないため、こっちが遠慮してしまうくらいです。 そんなわけで、前日の食器は洗わないでおいておいおこう!とか、脱ぎっぱなしの服は、片付けないでおこうとか、妙に気を使ったりして暮らしていたわけです。 44歳独身の彼女は、とっても真面目で嘘をつかずに、仕事も早いので、特に何もお小言いうこともなく過ごしていたんですが、帰る直前になって、冷蔵庫がほしいだの、洗濯機は壊れているから捨てるだの(実は壊れていなかったりする)、ガス台もほしいとかリストアップしてきてて、たまげたもんです。 そんなことをやすやすと言わせてしまっている私の教育に問題があったのだと、帰国寸前で遅からずして気がつきました。 結局、「教会の友達にあげるから、あなたにあげれるものは、ガス台しかないのよー」とお知らせした際には、カンカンに怒って、「あなたは私に何もくれないで行こうというわけね!ガス台も何もいりません!」なんて叫ぶものだから、私も何故か罪悪感に苛まれて、気分の良くない一日を迎えた今週末。 もしかして、なめられてる!?? 今更ながら、厳しく対応しようかと思うものの残る任期はあと10日。。。 厳しく威厳を保ちつつ、かつ良い関係を構築するってむずっかしいー。 指図する立場に立つって本当難しくて、どうにかして何らかをかすめようと思っているような人たちを使わないといけないわけだから、日本のようにお掃除おばさんに敬意を払って接するのとは違って、もう少しハイレベルな技術が必要になるのです。 かといって厳しくしすぎると、お手伝いさんの扱いに慣れてる周りの奥様方のやり取りを聞きつつ、「こんなものの言い方を他人に向かってするわけー?!」って思ってしまうくらいなので、そうはなりたくないなという反発意識もありつつ、うーん、アフリカにいるとそうならざるを得ないわけ?! アフリカの滞在が長くなると大変だと思う理由の一つに、お手伝いさんを使いこなさないといけない一方、使いこなした対応を身につけたくないということがあり、この矛盾した私の憤りにどのように対処したら良いものか考えあぐねています。。。。 日本に帰ったら帰ったで、お手伝いさん付きの生活に慣れてしまい、モノの言い方が上から目線になってると、非難されるし。。。気になるところです。 一つに適応すると、もう一方には適応できないわけか。。。 次の任地カメルーンでも、確かお手伝いさん付きのアパートを手配される予定。。。。 途上国における「お手伝いさんとの関わり方」、一つの大きなテーマです。
サーフィンやめてから、ここ半年くらいはまってたのが「Kora」。
これは、ハープとかギターとか(お琴とか)と原理は同じで、いわゆる弦楽器です。 これをちょっと手に取ると、あたり全体はとってもアフリカンな雰囲気を醸し出すのです。 なぜかしら。 牛の皮に、釣り糸を張っただけのものなのに。(←そんな単純じゃない?) それにしても不思議。 私の先生は、セネガルのコラ引きとしてはとっても有名な、シスコ なんとか。。。という人の叔父だとかで、彼を育てたのも自分だとか、何だとか。。。 ![]() 彼は68歳にして、奥さんは3人持ち。 この前家につれてきた彼女は、明らかに30代。 いずれかの奥さんとの間にいる娘は、ダカールでも有名なモデルとして、地元の新聞にも登場するほど。 ま、それはそうと、アフリカの音楽って日本人にはなじみがないわけで、あるとしても、木をくりぬいて、羊の皮をかぶせたタムタムとか? タムタムもとっても良いんですけど、あまり知られていないコラもとってもステキなことをお伝えしたくて筆を執りましたが、あー、演奏できないのが残念です。(披露できるほどのものではないのですが) あんまり熱心に練習していないものの、気分に合わせて、何も気にせず引いていてもなんとなく、癒しのメロディーが出来上がるわけで、あんまりレッスンに身が入らない私。 先生が来る日に合わせ、夜ご飯のお誘いを断ったり、仕事溜まるまってるのに帰らないといけなかったりして、結構面倒くさくなってきつつあったりしてる私に気がついた彼は、前金レッスンを提案してきました。 いやーセネガル人は、この周辺国にて知る人ぞ知るビジネスライクな民族。 あまりにもあからさまにビジネスライクだと、却ってチャンスを逃すんじゃないかと心配しますけど。 あとは、こちらがノセられないように、お断り技術を身につけないとやられますねー。 「もうしっかりセネガル人!」と言われてしまうわたし。。。 気をつけないと、慣れてしまうとツケが怖い日本での生活。。。
ジャーン!頂きました。素敵な指輪。
前から欲しかったこのモデル。 ということで、わたくし、今般、結婚申し込みを受けて、婚約致しました。 ![]() 牧師さんのところに行って、婚約承認を得てからお祈りして頂くわけですが、まーまー、儀式にこだわる彼のやり方があって、それをおとなしく待ってたら、3週間も経ちました。 急かしたところ、結局、イースター礼拝が終わってから、忙しい牧師さんを捕まえて、報告を行い、イースターに婚約できたというわけです。 ジャーン♡ 違う文化の二人が一緒になるって、思ったより大変で、毎日意外なことに気づかされて、傷ついたり傷つけたりするのです。 これが、日本人だったとしても、韓国人と一緒だったにしても同じようなことがあったんでしょうから、文化の違いやけんかを理由に弱音を吐くつもりはありませんけれど、いやー、人格がぶつかるって容赦なしの戦いです。 私も自分と向かい合う機会になっています。 あーぁ、思い返すほどに、自分でも驚くほどに、とっても自己中心で、傲慢で、子どもっぽいこれまで眠っていたもう一人の自分がここぞとばかりに大きな顔を出してくるのですよ。 どこで眠っていたのか私でさえも驚くほどの攻撃的な私。。。。 この難しい私たちの関係がこれまで守られてこられたいるのは、ひたすらに、彼の忍耐と寛容と信仰にあると言っても過言ではないのです。 心から感謝、感謝です。 私たちふたりと席を共にしたことのある同僚は、間違いなくこのことに口を揃えて、彼の忍耐と寛容を賞賛することでしょう。。。 それほどまでにひどい私。 今や、みんな彼の味方です。 何はともあれ、想像以上のステキな人を用意してくれていた神様にひたすら感謝ー!
本日セネガル代表料理ご紹介!
その名も「チャブジェン」 「チャブ」=ご飯 「ジェン」=魚 ![]() 他にバージョン変わって「チャブヤップ」ってのがあって、それは魚の代わり「牛肉」に変わります。 フランス語圏の国は、本当に煮込み料理が多くて、食事のおいしさには事欠きません。 これが、英語圏に行くと、一気に「肉焼きました」「魚焼きました」という味気ない食事なりますから。 「主食が米」という国も以外に多くて、あんまり違和感ないのですよ。 あとは、「チョフ」という魚があって、焼き魚もよく食べます。ふむ。 「 ![]() あ、食べかけだ。すみません。 煮込みの野菜や、米を横に添えて食べます。 なかなかヘルシー♪ 魚の薫製で作ったダシなんかで、野菜やら何やら煮たりするから、それこそ匂いもダシと香辛料が混ざった匂いがぷーんぷん。 食べたくなってきた?
「クーデター」という言葉が与えるイメージって、とんでもなくひどい内戦が起こっているようではないですか。
この単語、実はフランス語で「Coup d'Etat」=「政府が倒れた」 つまり、「政権倒れた」ってことなんですが、 実は、先週からマリがクーデターなのです。 軍が現大統領へのたまっていた不満を爆発させて、街に繰り出したのが発端。 小さい動きが、一気に勢いついて騒ぎだしたものだから、大統領も逃げ出しちゃったりして、押さえ遅れがこんな事態に。。。 現大統領に対する不満があったとはいえ、4月末に次期大統領選挙が迫っていて、現頭首は出馬しないってことだったんだから、今しなくていいじゃん!って所なのですが、火がつくと怖いですねー。人間、理論と行動に矛盾あり。 ちょうど、大臣たちが集まって会合していたところで、以来皆さん閉じ込められております。 事実上の無政府状態。 援助するにも、相手がいないから、プロジェクトすべて動かしようがなく一旦停止。 全くマリの発展を妨げる今回の暴動。。。無念 端から見てる分には、田舎者の下っ端兵士が「ちょっとやっちゃったら、案外大事になっちゃった」という感ではあるのの、この「クーデター!」っていう言葉がね、遠くで聞き及んで想像するにはたいそうなイメージが出来上がるようで、日本人もアメリカ人も一斉退去でござる。 もうちょっと様子見て決めたいという思いはあったもののバマコという街の構成上、何か起こってからは逃げられないので、確実な安全確保として、現時点での退去になりました。 →空港と街は、川を挟んで橋が2本あるのみなので、橋を封鎖されたら、もう、閉じ込められてしまいますから。。。 ところで、「無政府」の恐ろしさって、日本にいるとなかなか分からないけれど、これは本当に恐怖です。 何が怖いって、裁く政府機関がないことで、ここぞとばかりに暴れる悪者を制するものがないのです。 彼らは、好き放題略奪と、銃攻撃をする可能性があるものですから。 セネガルも、第一回目の選挙前から先週の決選投票までは、実質「無政府状態」だったので、この場合に想定する「最悪のシナリオ」は本当にどこまでも最悪なのですから。 外国人は特に肌の色が目立つので、標的になる可能性が高く、やりすぎた感がある「自宅待機警告」は、今回に限っては必要不可欠な対応なのでした。かなりストレスフルでしたけど。 今、やっとセネガルには平和が戻り、一安心。週末は朝から海岸沿いをジョギングする人たちが多くて、以前と同様の平和を取り戻しつつあります。 ダカールの平和は喜ばしいんだけど、なぜ同日にマリ。。。 無念。 私のセネガル滞在は、あと90日くらいで幕を下ろしますが、活動のほとんどをマリ事業に費やし、現状と今後の展望を報告しようと企んでいた矢先、こんな状態で、援助もストッップかかっている今、一体何を報告すれば良いのでしょうか。 今後の展望なんて、神様しか知りませんから。 あ¨ー! 4月は3回の出張予定を組んでたのにー!もちろんキャンセル。 っていうか、誰に会って何を話せと? 実際はね、「クーデター」なんて名を付けるほどのプロフェッショナルなものじゃないんだろうけど。。。 下っぱ軍人が暴れたのを放置してしまったマリの失ったものの対価は大きい。
ダカールには、日本の学校がないので、補習校という形で、毎週土曜日の午前中だけ、小中学生用の国語と算数の授業を行っています。
私は低学年を担当に、月一の割合で講師として参加するわけですが、 毎回行く前は、「あー、朝早いなー」とか「保護者でもない私が何のためにこんな役を引き受けたか」とか、思うものの、一旦教室に入ると、時間を忘れるくらい楽しく過ごしてしまうのです。 国語と算数の授業を通したコミュニケーションの内容は、授業内容に留まりません。 彼らの関心事や普段の学校(フランス人学校か、インターナショナルスクール)での出来事を聞きながら、この子どもたちの将来を期待せずにいられません。 今日は6年生を担当しましたが、本を読むのが大好きで、しっかり者のKちゃんと、動物が大好きで獣医を目指すAちゃん。 二人とも両親の仕事の都合で、ずーっと途上国を渡り歩いているにも関わらず、きちんとした敬語を使いこなし、漢字ドリルもこなすこなす。 ちょっと話しは飛びますが、本当に小学校時代に繰り返すドリル計算、と漢字ドリルの重要性に脱帽です。やー、日本の学力基礎作りはまさにドリルありき!重宝しています。 そこで、授業中に面白かったのが、「下線の日本語を正しくなおしなさい」という問題の二人の回答以下。 問:少々お待ちしてください。 これに対する二人の答え:「待機してください」 これは完全にここ2ヶ月間さんざん聞かされた「自宅待機」の影響かと思ったら、面白かった。 もう一つ、俳句の項目があっていくつかの有名な句が書かれてあったのを朗読してたときのこと以下。 Aちゃん:「与謝野晶子って、関西の商人の家庭の子どもで忙しいはずだったのに、なんでこんな俳句書けたのかな。どこにこんな時間あったのか」 自分に当てはめて考えているのか、ピアノにバイオリン、漢字も完璧にこなすAちゃん。とっても忙しい毎日を送っている中での、素朴な疑問だったのでしょうか。 その後にKちゃん:「与謝野蕪村ってだれ?“ブソン“ってアフリカ人の名前みたい!」 これは、日本人にはない感覚でしょう。ま、言われ見れば....いるかも? 面白い。 子どもから学ぶことは、こういった素直な反応だけでなくて、こんな小さな「こども」と呼ばれる人間の中に、すっかり一人としての人格が備わっているということ。そして、それが一人一人まったく違った形で光り輝いていて、それぞれが一生懸命に今を生きているということ。 「子どもだから」なんて言って、その子たちの意見を軽視することはできず、彼らなりに一生懸命考え、行動している様子を見ることで、強い生命力に触れ、心打たれるセンシティブな私。 月一しか参加しない私は、そんなに彼ら一人一人のことをそんなに知っているわけでもないのだけれど、心から愛おしくって仕方のない感情がどこからともなく湧いてくるのです。 同胞日本人だからなのか、すべての子どもたちに対して抱くのか。。。 私にも扱いが良く分からないこの愛情の行き先をもう少し見守りたいと思います。
セネガルの大統領選が無事に済んで1週間。
これまでの大統領は、既に2期(8年間)もの間、頭領を努め、しかもお歳はすでに80代半ば。 インフラを整える公約通り、実際に見えるところの道路の舗装がかなり行き届いていることから、ま、評価は高いとしておこう。 一歩、街の内部に入ったら4駆でないと走れないほどの穴ぼこだらけですが、ま、それはおいといて。 彼の任期中に「大統領の3期目は認めない、最大2期まで」と自分で決めたにも関わらず、自ら3期目に立候補するという前代未聞の矛盾極まる事態があって、大騒動! 選挙で血を流したことのなかったセネガルが、それを誇りとしていたセネガルが、今回は6人もの死者を出してしまいました。 この死者の計算にもいろいろ議論があって、実際に、勢力が対抗し合って、亡くなったのは、2人とか。騒動に巻き込まれて、意図なく車に引かれて死んだとか、なんだか市民が巻き込まれて亡くなった人たちも換算してる模様。イタタ。。。 前大統領の言い分としては、法令制定以降に適応すべく、自分の1期目は換算しないということだったが、なんだかねー。。。 先週の日曜日は、万が一、暴動が起きるかもしれないとのことから、自宅待機を強いられていましたが、何も起こらずに無事終わりました。 その翌日は、みな、国中大喜びで、うちの仕事場のセネガルスタッフ含めみな、朝からよそゆきの服来て、この日は大祝宴でした。 この(一瞬)悪名高き前大統領も、ほぼ確実に投票結果が出たところで、敗北を認めて、 対戦相手に祝福の電話をしたそうで、この紛争や内戦ばかりしているアフリカ圏内にあっては、素晴らしい対応でした。 拍手拍手! 敗北を認めて、相手を祝福することの難しさを想像して、前大統領のとった行動を讃えたいとおもいます! セネガル人も、こういう行動にはとってもセンシティブで、前大統領のポイントも確実にアップし、新しい大統領の民主的な選出に対して、で、また平和が戻ってきたことに対して、自国に対する誇りを取り戻していました。 これを機に、治安はあっという間に安定の兆しをみせ、外国人に強いられる「外出制限」や「自宅待機通知」の警告のストレスから解放され、平和の重要さを実感しています。 ということで、そろそろ夜遊び開始? 野外コンサート等の状況をチェックしてみます♪
この1ヶ月何をしていたかというと、
ブルキナファソ出張 → ギニアビサウ出張 → 一瞬日本 → マリ出張 あっという間に、2ヶ月が過ぎました。過ぎました。 何をしたのかって、本当に、いろいろな後始末とでもいうべき処理ばかり。 大切な私の時間を、こんな風に使ってしまっていいものか。。。やや自己嫌悪に陥ることもあるけれど、自分に与えられた仕事に感謝して、一生懸命遂行することが、悪いわけはないじゃない!と言い聞かせ日々明け暮れる。 久々に事務所に戻ってきたら、これまでの不在中の精算処理に、報告書に、打合せに、ただ忙しくて、朝は7時に出勤したのに、夜8時になっても、これから次の8時(翌朝8時)まで、普通にこのペースで仕事ができそうなくらい、山積み。 効率性を考えて、もちろん帰るわけですが、ここで帰らずに泊まり込みで処理して行く現実もどこかの会社ではあるんだということを想像しつつ、想像するだけでも恐れをなして、私は自分の健康のために9時前には、さっさと帰ります。 そうそう、ところで、マリに出張したことをちょこっと書こうとおもったんだけど、また次回にします。 今日は、疲れたー! では、マリで感じた意外な事実は、次回ということで、近日中にブログをアッップすることにしますね。 では、近く。
今年は世界中で大きな選挙が目白押しですが、こちらも例にもれず2月末に大統領選挙を控えています。
セネガルは、政治の安定と治安の良さが売りだったのにも関わらず、 これまで、選挙で血が流れたことがない、数少ないアフリカの国だと自負していたにも関わらず、現大統領の3度目の主席獲得作戦に、国民は黙っていません。 セネガル人が唯一望み、維持されてきた「平和」が、彼の選挙出馬というニュースだけでここまで乱れることになりました。 デモはもちろん!あちこちで集会も開催され、主要道路でタイヤが燃やされ、バスが炎上、警察とデモ隊が衝突し、若い警官が殺され、大学生が車に轢き殺され、毎日ニュースが絶えません。 夜間はもちろん外出禁止。 昼から自宅待機を余儀なくされる日もあり、いつ何が起こってもおかしくない状況。。。 私の住んでるところは、事務所から車で7分。 中心街からも学生街からも離れたところにあり、特に何も危険はないものの、心身的に結構ストレスになるのですよね、こういう状況。 一番多く大きな集会が開かれているところは、私の行きつけの教会の真ん前。 この国の先行きを心配した牧師さんは、この1週間はセネガルのために断食+毎夕祈り会を行おう!と今こそ我らが祈るべし!とされましたが、毎日毎日まさにその目の前で集会が開催、わんさか群衆が集まっているため、近寄れないのです。残念なことに。あ、家で祈ってますから。 実際に現大統領に対する民衆の不満は爆発寸前で、何らかの作為で選挙に通ったとしたら、それこそこの国はどうなるのでしょうか。 一方、そういう団体に参加しない同僚セネ人たちは、「すぐに治まるでしょう」と ”我らの平和主義”を信じて揺るがず、余裕な態度で普通に過ごしてますが、私たち外国人は「あれするな、ここ行くな、あれも、これも.....」とあちこちから制限がかかり、すでにストレス極限状態です。 もっとすごい国はあるんだし、そこで仕事している人がいるということは、こういう状態が続くと、人もそれに伴って慣れていくのでしょうか。 とりあえず、「夜間外出厳禁」のために、 食事にも行けず(家で作って食べろって?)、 行きたいところにも行けず(普通のお買い物とか、教会とかね)、 会いたい人にも会えず(?!?!)、 同僚と集まって憂さ晴らしもできず、 仕事にも精が出ませんよ。(はかどらない理由にしても良いですか?) 選挙は今月26日なり。 → 選挙直後は、省庁も大臣が異動になったりして、仕事はかなりの範囲で動かないはず。 → その後は、治安が乱れて、外出さえもできないはず。 →→ さてさて、国外脱出しましょうか。 あれ?休み余ってたっけ?
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